東日本大震災から10年 いま伝えたい想い

スタッフからのメッセージ 東日本大震災緊急・復興支援のさまざまな活動に携わったスタッフからのメッセージをご紹介します。 ※スタッフの写真は、東日本大震災復興支援活動当時のものです。

  • インタビューを読んで思い出したある子どもの声。「復興は『おとなの仕事』という以前の私の考えは 180度変わりました!子どもだって参加します。想いがあります。伝えるから、受けとめてください。」
    子どもは守られるだけの存在ではなく、地域の一員であり復興の主体者です。インタビューで子どもたち自身がそう実感していたとうれしく思うと同時に、子どもたちの参加する権利が十分に保障されていない現実をどうするか、問いかけられたようにも感じました。これからも子どもたちとともにつくる社会の実現を目指して、活動していきたいと思います。

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    子どもまちづくりリーダーツアーin青森にて

    国内事業部子どもの貧困問題解決事業プログラムマネージャー
    田代光恵

  • 2011年当時、私は岩手県で子どもたちと活動していました。発災直後に避難所となった学校の体育館、仮設商店街の一角、地域の協力によってできた子どもの居場所など、さまざまな場面でさまざまな子どもたちと接し、それぞれの想いを聞いてきました。
    「子どもが大人から学ぶことがあるように、大人が子どもから学ぶこともあると思うのです。」ある子どもが国際会議の場で伝えた言葉のように、東日本大震災以降も地震や風水害が頻発するなか、子どもが必要としている支援を届けるとともに、子どもの声から学びを得ていく姿勢を常に心がけていきたいと思います。

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    岩手県山田町の子どもたちと一緒に(写真:左端)

    国内事業部国内緊急対応事業プログラムオフィサー
    山田心健

  • 発災直後の避難所で「こどもひろば」の運営を担当していました。そこで出会った子どもたちと交わした会話は、今でも鮮明に覚えています。
    5年間の支援活動では、被災地域のさまざまな方と間近で仕事をする機会を得て、多くのことを学びました。そのなかで、「私たちがすべきことは何か。何のために支援活動を行うのか」という本質的な問いを突き付けられ、当時のスタッフと試行錯誤しながら活動を進めてきました。
    この経験から得た学びを今後の防災と災害支援に活かすことが私たちの使命だと思い活動を続けています。

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    宮城県内の学童での防災活動にて

    国内事業部国内緊急対応事業プログラムマネージャー
    赤坂美幸

  • 私は福島事務所の一員として当時の活動に携わるなかで、たくさんの方と出会いました。自らが被災していたり、子育て真っ最中の親であったりするにも関わらず、多くの方が地域の復興のために尽力していました。また、複雑な事情の板挟みとなりながら地域行政や教育に携わる方々が懸命に職務にあたっていた姿も忘れられません。失い、傷つき、理不尽な目にあうことも一度や二度ではなかったと思います。その後の10年を歩んでこられたことは、ただそれだけで価値があり、今後の皆さん一人ひとりの背中を押す力になってくれるのではないかと思っています。

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    福島県内の高校で実習のサポート

    子どものセーフガーディング担当
    金谷直子

  • 2011年3月下旬から東日本大震災緊急支援・復興支援に携わりました。
    以前から当事者皆さんの社会参加・意見表明のサポートをする業務やボランティア活動にかかわっていたので、東北の子どもたちが、世界に向けて復興や防災について意見表明する機会や海外の子どもたちと意見交換をする機会をサポートしました。子どもの権利を推進する団体として、意見表明を通じた子どもたちの地域の復興への意義ある参加を、緊急・復興支援事業の柱のひとつに据えて実施できたことをうれしく思います。

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    スイスのジュネーブで開催された国連防災世界会議にて(写真:右端)

    事務局次長 髙井明子

  • 当時、震災後の復興事業を資金面でサポートするため頻繁に現地に訪問していました。ある時、東京へ戻る際に団体の赤いTシャツを着て高速道路の休憩所で休んでいると、一人の女性が話しかけてきて、「孫が避難所でセーブ・ザ・チルドレンのスタッフに大変お世話になっている。ぜひよろしく伝えてほしい」と、私たちの乗った車が見えなくなるまで深々と頭を下げて見送ってくれた光景が今も頭に浮かびます。復興支援という形で国内の事業を始めて間もない時期から、復興に関わる取り組みの一翼を担えたことを貴重な経験として心に刻んでいます。地域に寄り添い、子どもの可能性を引き出すことを忘れずに、これからも子どもたちを取り巻く多様な課題の解決に向けて取り組んでいきたいと思います。

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    宮城県「石巻市子どもセンター らいつ」開所式にて

    パートナーリレーションズ部部長
    兵頭康二

  • 海外事業を中心に活動していたセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが東北の被災地で受け入れられるのか。発災直後の混乱する避難所で「子どもひろば」の様子を見ていたら、私のそんな心配はすぐに払拭されました。被災自治体・地域・国内外の企業の方々と連携した教育・福祉・文化・経済の支援や活動を通じて、子どもたちが成長し、子どもの意見が地域を変えることができると教えてくれた10年。支援とはモノだけではなく、困難を乗り越える力をともに育むこと。成長した被災地の子どもたちを見て、いま思うことです。

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    株式会社横山芳夫建築設計監理事務所代表取締役兼
    セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン理事
    横山英子

  • 当時、私はセーブ・ザ・チルドレンのアドバイザーとして事業にかかわっていました。
    子どもは保護の対象であり、子ども支援といえばこころのケアが主流であったなか、セーブ・ザ・チルドレンは子どもまちづくりクラブをはじめとした子ども参加の事業も展開していました。子どもたちのインタビューからは、大きな災害を経験しながらも、周囲に支えられつつ、自分で考え行動できるように変化していった様子が見て取れます。災害などの外傷体験の後に見られる成長を示す言葉に、心的外傷後成長
    (PTG:posttraumatic growth)があります。東日本大震災緊急・復興支援活動はまさに、子どものPTGを促す活動であったといえるのではないでしょうか。

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    子どもまちづくりクラブのメンバーとの活動振り返りにて

    工学院大学教育推進機構准教授兼
    セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン理事
    安部芳絵

  • 2012年から2年間、東日本大震災復興支援に携わりました。 当時世界各地からたくさんのご支援があり、私は海外のセーブ・ザ・チルドレンとの連携を担当しました。多くの支援は、世界の国々や企業、一般の方々が心を寄せていたことの証でもあり、共通の使命のために世界中の人が一致団結している様子は、心温まるものであり、同時に希望を感じるものでした。
    また、団結の精神は、子どもたちをはじめ地域やステークホルダー、行政との強いパートナーシップのもと取り組んだ私たちの活動にも表れていました。地域に根差した復興支援を実施することは、学校が子どもたちを支援したり、防災活動に取り組んだり、子どもたちが心理社会的支援を利用できるようになります。くわえて、コミュニティのレジリエンス強化にもつながり、活動の持続性にも寄与すると思います。
    私たちの活動は、子どもたちとその家族に支援を届けただけでなく、コミュニティや地域で活動する各組織にも長期的な変化をもたらしたと思っています。私が携わった2年間で最も印象に残っているのは、あらゆる側面で多くの人たちが同じ志のもと協働したことであり、私たちの活動の中心となっていた子どもたちの強さやレジリエンスです。エンパワーされ、レジリエントな子どもたちが日本の将来を明るいものにすると思っています。

    ミユキ・サトウ
    セーブ・ザ・チルドレンUSAから派遣され東日本大震災復興支援に従事。現在はセーブ・ザ・チルドレン エチオピア事務所勤務

  • 2011年3月11日の震災から10年が経ったとは信じられません。東日本大震災復興支援に携わった日本での時間を振り返ってみると、いくつかのことが思い浮かびました。まず、政府だけでなく、個人や企業からの支援も含め世界各国から日本に支援が届いたことです。未曾有の災害後に、こうした支援の輪が広がったことは非常に印象的でした。次に、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンのスタッフの勇姿をみたことです。私は8ヶ月間復興支援に関わりましたが、さまざまな事業の立案や東北での事務所開設、世界中の多様な支援者への事業報告など、これほど迅速に対応しているのを目の当たりにし驚きました。
    スタッフ全員が、つねに子どもたちのことを考え、子どもたちのために活動をしていました。子どもたちが日常性を回復し、より良い未来を描けるよう尽力していました。そして、最も印象的だった事業の1つに「子どもまちづくりクラブ」の活動があります。地域の復興へ子どもたちの意見をまとめ、そのアイデアを地域の人たちと共有し、主体的に復興に関わっていました。10年後の今でも、子どもたちが本物の「ロックンロール・シティ(石巻市)」をつくろうと話していたことや、放課後児童クラブ支援についても覚えています。東日本大震災復興支援に携われたことに深く感謝しています。

    ブリトニー・クリスタル
    セーブ・ザ・チルドレンUSAから派遣され東日本大震災復興支援に従事。現在はNPOを立ち上げ活動