こどものミカタ

子どもの視点を学ぶ

発達段階から考える
子ども

田中 恭子 さん

田中 恭子 さん

国立研究開発法人
国立成育医療研究センター
こころの診療部 診療部長

子ども自身の発達に合わせて
受け止めよう

子どもと向き合うとき、子どもの成長について楽しみと喜びがある一方で、不安になった経験があるかもしれません。子どもは、体もこころも大きく変化させながら成長していきます。子どもの発達を知ることは、子どもへの理解にどのように役立つのでしょうか。小児科医で、子どものこころの専門家でもある田中恭子さんに、お話を聞きました。

発達段階とはなんでしょうか。

月齢や年齢ごとに子どもができるようになることの目安です。

子どもの発育には、成長と発達の2つがあります。成長は、身長や体重、頭の大きさなど、数値でわかる変化のことです。その成長に伴い、ある一定の規則に従って、精神面や運動面、社会面など、さまざまな領域で機能を獲得していくことを発達といいます。

発達には、月齢や年齢に応じた段階があり、それを発達段階といいます。発達段階は、一定の規則に応じており、1歳であればこれくらい、3歳であればこれくらいのことができるといった発達の目安になります。

発達段階を理解して子どもに関わるといった動きは、子育てだけでなく、医療の現場でも取り入れられています。2019年12月には成育基本法*が制定され、小児医療の現場では、これまで以上に、子どもの正常な発達段階を知りながら、目の前の子どものこころに何が起こっているのかを診断しようという動きが始まってきています。

*成育過程にある者及びその保護者並びに妊産婦に対し必要な成育医療等を切れ目なく提供するための施策の総合的な推進に関する法律

発達段階を知ることは、子どもの視点を理解する上でどう役立つでしょうか。

子どもにとって何が大事なのかを知る手がかりになります。

子どもの発達段階を知ることは、子どもとコミュニケーションをとる上で非常に重要であると思います。私自身、発達段階への理解を通じて、子どものそこはかとない力を感じるようになりました。子どもが自立性を持った権利の主体であると考える視点につながっています。

子どもの権利について学んだとき、子どもの権利条約には「開放的な子ども観」がある、と学びました。子どもには力や自立性があるので、環境さえ整えれば、子どもたちは自ら持つ力でのびのびと育っていくことができる、というものです。

子どもが自分の力で発達していくには、大人が、子どもが自分のこころを育てることを阻む要因を、取り除き調整する(環境を整える)ことが必要です。そのときに発達段階を知っておくと、その子にとって大事なことや障壁などを、ある程度イメージしながら子どもと関わることができると思います。

人間は、生まれてから年老いて亡くなるまで、それぞれの段階で発達していきます。大人の視点で見ると、子どもの発達段階が大人の段階より前にあるので、「子どもは未熟だ」と捉えがちです。しかし、子どもは、それぞれの段階の発達を全うしています。子どもは未熟ではなく、発達し、自立性を持った権利の主体であるのです。子どもの発達段階を知るということは、人として対等に子どもを尊重するという意味で、とても大事な視点を与えてくれると思います。

子どもの発達を理解するためにはどうしたら良いでしょうか。

まず、子ども自身は、本来生きて発達していく力のある存在であると大人側が意識することです。その上で正しい知識を参考にしましょう。

子どもの発達を理解するには、目の前の子ども全体を大事な存在・力のある存在として関心を持つことが大切だと思います。例えば、報道では不登校の子どもが増えているとされていますが、学校に行く、行かないといった価値観ではなく、目の前にいる命を持つ子どもまるごとが大事な存在であり、力のある存在として捉えることから始めてほしいと思います。

その上で、必要に応じて、健診のときに小児科医に質問する、子どもの気になる部分について専門家に相談する、信頼のおける情報元から発達段階の知識を得る(例えば、たたかない・怒鳴らない子育て「ポジティブ・ディシプリン」のような養育者支援プログラム)などができると思います。正しい情報を得て、参考にしながら、目の前の子どもの発達について学び、理解を深めてみてください。

育児や子育てに求められることはなんでしょうか。

その子がこれまでどのようなプロセスで歩んできているのかも含めて、全体を見ることです。

子どもの発達には個人差があります。悩んでいる方の中には、子どものある一部分だけを捉えて、「ここが心配」「ここが不安」と思うことがあると思います。

以前、発達健診をしていたときに、お母さんが1歳前の男の子を連れて相談コーナーに来ました。第一印象として、男の子は活発で意欲的なお子さんだと考えました。ところが、お母さんは「家のベッドの柵を手でつかんで、がたがた音を出します。ずっと同じ動きを繰り返します。自閉症が心配で調べてみたら、同じ行動を繰り返すとか、言葉の発達が遅れているとか書いてあった」と言います。

私は、「1歳前の子どもですと、まだ発語がないのは当然のことです。がたがた音を出すのは、つかまり立ちができるようになって、探索行動が始まり、手で持つこともできるようになって、自発性が示されているということではないでしょうか」とお伝えしました。

親は、子どもの発達の気になるところの情報だけをかいつまんで心配になることがあります。そういったときに、がたがた音を出しているけど、声かけに応じて一緒に笑ったり、ものをつかんだり、つかまり立ちをできたりしているといった、子どもの全体をふかんしてみることが大切です。

理屈や理論、知識というのは、確かに大事です。一方で、目の前にいる慈しむべき、命ある素晴らしい存在である子どもをまるごと見て、正確な知識と照らし合わせることで、目の前の子どもにとって大事なことを考えることができると思います。

また、その子がどういうプロセスを経て発達しているかを見ることも大切です。例えば、首が座っていない子どもは歩くことができません。子どもの発達には、首が座り、お座り、つかまり立ち、つたい歩きときて、いよいよ歩けるようになるといった、ある一定の規則とプロセスがあります。プロセスのスピードは多様です。その子自身のプロセスを見ることは子どもの成長に注目することにつながり、お子さんの自信にも、親としての自信にもなると思います。

「ポジティブ・ディシプリン」*という養育者を支援するプログラムの中で、妊娠・出産後であっても子どもが20歳になったときの姿を想像する長期的な視点を確認したり、思春期の子どもを持つ養育者でも子どもが0歳だった頃を思い返してみたりしています。これまでの子ども、今の子ども、未来の子どもに思いを巡らせ、今何が必要なのか、今何をしてあげたら良いのか、この子自身は今何を望んでいるかといった、子どもの個人のプロセスを大事にしながら子どもと向き合うことは、とても良い考え方だと思います。

他の子どもと比べたりして心配になってしまいます。

当たり前にできていることを肯定的に捉えなおしてみましょう。

「子育てをするときに何が大事か」という研究があり、ある共通点があることがわかりました。その一つが、親自身の肯定的な考え方です。「私、それなりに子育てをやれているな」といった肯定的な育児観は、子どもの安心・安全を感じる気持ちにつながります。

子どもの発達は多様性に富むので、心配なことも出てくるでしょう。そのようなときは、まず親が「私、それなりにやれているよね」と自分を肯定してみてください。小さいことに限らず、これまで子どもを育ててきたプロセスそのものが、すべて自信につながるのではないかと思います。

例えば、日々忙しい中で、子どものために情報を検索し、睡眠や食事など当たり前のようにして、子どもの生活に気を付けていること。そういった行為は、当たり前のように見えて実は大事なことを常に繰り返し、子どもに大事な安心と安全を守っていることにつながり、尊敬に値するし、すごいことだと思います。ご自身の中でそれを認め、他者もそれを認めていくことが必要になっていると思います。

育児・子育ては楽ではないことがありますし、困るときもあると思います。子育ての中で困難が起きてもしなやかに対応して、乗り越えていく力のことを養育レジリエンスといいます。

養育レジリエンスには大事なことが3つあると言われています。1つ目が、親自身が自分の子育てを肯定的に捉えること。2つ目が、子どもの特徴や子育ての知識を持っていること。そして3つ目が、家族外からの社会的な支援を受けること、つまり外部の子育てサポートを上手に利用し、苦しさを一人で抱え込まないようにするということです。

この3つは、親や養育者の皆さんに知っておいてほしいと思います。できていないことばかりが目についてしまうけれど、親としてできていることに自信を持ってほしいです。

また、「社会が一緒になって子育てしていく」といった考えが、もう少し日本に広まると良いと思います。日本社会では、「子育ては家族のもの」「お母さんのもの」という考えが根強く残っています。子どもの育ちに何か問題があると、お母さんのせいにされてしまうなど、それらが子育てをしにくい要因の一つとなっています。子育てで何か困ったり、助けが必要だったりするときに、社会が支えていくこと、そして、そのような社会の雰囲気を醸成していくことが求められています。

*公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは、2009年から日本国内で「ポジティブ・ディシプリン」を普及してきました。2019年4月以降は、ポジティブ・ディシプリンのファシリテーター養成およびプログラム実施を、以下の団体へ移管しており、このパートナーシップを通じ、子どもに対する罰のない社会づくりを目指しています。現在、ポジティブ・ディシプリンに関するお問い合わせは、「きづく kids-ku /ポジティブ・ディシプリン日本事務局」でお受けしております。
「きづく kids-ku /ポジティブ・ディシプリン日本事務局」団体HP: www.kids-ku.org 問い合わせ先:info@kids-ku.org

田中 恭子 (たなか・きょうこ)

現職:
医師、小児科専門医、日本臨床心理士。国立研究開発法人国立成育医療研究センターこころの診療部 児童・思春期リエゾン診療科診療部長
プロフィール:
1996年、順天堂大学医学部卒業。英国留学で発達心理学、ホスピタル・プレイ・スペシャリズムを修学。順天堂大学医学部附属順天堂医院小児科および精神科研修を経て、国立成育医療研究センターへ。子どものこころ専門医として小児精神医学の分野で活躍中。
もっと学びたい人へ:
『子どものためのサイコソーシャルアプローチ~すこやかに育つことばがけ』
五十嵐隆(監) 秋山千枝子、小倉加恵子、坂下和美、田中恭子、山本直美(著) 東京医学社発行 2020年
『親力をのばす0歳から18歳までの子育てガイド ポジティブ・ディシプリンのすすめ』
ジョーン・E・デュラント(著) セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(監) 柳沢圭子 (訳) 明石書店発行 2009年