子どもの視点を学ぶ
親子のコミニュケーションから考える子ども
渡邉 直さん
千葉県中央児童相談所所長
非暴力のコミニュケーションを日常生活に取り入れよう
子どもが自分の言うことを聞いてくれないとき、つい怒鳴ったり、なじったりしてしまうなど、暴力的なコミュニケーションが多くなってしまうことがあると思います。子どもを一人の人間として尊重するためにも、暴力的なコミュニケーションは避けたいところです。暴力的なコミュニケーションに代わる、非暴力の言葉・行動を用いた「機中八策(きちゅうはっさく)」という対話の方法を生み出した千葉県児童相談所所長の渡邉直さんに、どうしたらポジティブなコミュニケーションを日常生活に取り入れられるかお聞きました。
渡邉さんが考案した、『機中八策(きちゅうはっさく)』とはどういうものでしょうか。
ポジティブなコミュニケーションを日常に取り入れるため、伝わりやすい言葉で
子どもとの暴力的/非暴力的な対話について示したものです。
大前提として、子どもが親の言うことを聞かないとき、必ずしも子どもの行動を変える必要はないということです。子どもには子どもの思いがあり、それは尊重されるべきです。しかし、自立をサポートする視点から、子どもの望ましくない行動を望ましい行動に導いていくことも大人の責任として大切です。
親は子どもが「してほしいことをしない」、あるいは「してほしくないことをした」ときに、それを伝えようとして暴力的なコミュニケーションをしてしまうことが多くあります。そのような状況でも、非暴力的な声がけで子どもと接することができるよう、伝わりやすい言葉で行動について示したものが「機中八策(きちゅうはっさく)」です。
「機中八策」では、よくある暴力的なコミュニケーション、「否定・禁止」、「怒鳴る・たたく」、「嫌みを言う」、「脅す」、「問う・聞く・考えさせる」、「疑問形」、「罰を与える」、「なじる・人格否定する」の8つの言葉・行動の頭文字を取り、「ひ」「ど」「い」「お」「と」「ぎ」「ば」「なし」として、示しています。これらの言葉・行動は切られた人(コミュニケーションの相手)が青ざめるため「ブルーカード」と呼んでおり、できる限り避けたいものです。
一方、親子のコミュニケーションで積極的に取り入れていきたい8つの言葉・行動として、「ほめる・認める」、「待つ」、「練習する」、「代わりにする行動を示す」、「環境づくり(イチオシ環境づくり)」、「約束する」、「気持ちに理解を示す」、「落ち着く」があり、これらは「ほ」「ま」「れ」「か」「が(か)」「や」「き」「を(お)」として示し、切られた人(コミュニケーションの相手)がほっこり温かみを感じるため「オレンジカード」と呼んでいます。これらの行動や言葉は、意識して使っていくことが必要です。
日常の言葉・行動で、「ブルーカード」の割合が少なくなり、「オレンジカード」の割合が少しずつ増えていくことで、子育ての文化として非暴力のコミュニケーションが広がると考えています。
子どもに対する暴力的なコミュニケーションを減らすためには、どうすれば良いでしょうか。
ブルーカード「ひ」「ど」「い」「お」「と」「ぎ」「ば」「なし」を使いがちな場面を具体的にイメージし、それらの場面での暴力的な行動・言葉を意識的に減らしていきましょう。
例えば、子どもと「テレビを見たかったら宿題をしてから」と約束しても、その通りできないことがあります。そうした場面で、使いがちな暴力的なコミュニケーション(ブルーカード)を思い浮かべてみてください。
子どもが宿題をしないでテレビを見ているのを目の当たりにしたら、最初に言ってしまいがちなのが、(ぎ)疑問の「何やってんの?」です。
そして、大きな声で「いつも言ってるでしょ!」と(ど)怒鳴ったり、「テレビを見たらだめ」と(ひ)否定形・禁止で言ってしまったり、「このまま続けたら承知しないよ」と(お)脅すようなことを言ってしまうことがあると思います。
また、「ずっとテレビばかり見ているから今日はテレビなし」と(ば)罰を与えることもあるかもしれません。
これらのセリフは油断していると、するすると自然に出てきてしまいます。すでに8種類のブルーカードのうち、5種類を使っています。
さらには相手を追いつめる(と)問う・聞く・考えさせるも使いがちです。「ちょっと、今何する時間?何する時間ですか?」と繰り返し、問いつめてしまう。
このカードを使うと、子どもが黙りこんで固まってしまうことが多いです。より具体的に「宿題はやったの?」と聞くと、子どもから「やった」とうそを引き出してしまうこともあります。
「問う・聞く・考えさせる」というコミュニケーションがそうした言動を子どもにさせてしまうのです。
一般的に「問う・聞く・考えさせる」というコミュニケーションは子育てで推奨されます。確かにオレンジカードが生活の中で多く切られていれば「これでいいんだ」という自己肯定感がアップし、自分で考えて社会的に問題ないと受け取られる範囲の行動に切り替えられますが、日常的にブルーカードが多く使われている人は、失敗体験を多く経験させられるので自信が持てずにビクビクして、黙りこくる、嘘を言う、萎縮するといった行動につながってしまう可能性があります。
そのことで、さらに「なに黙ってんの」、「はっきり言いなって言ってるよね」などと、子どもは責められてしまう。親の思いとは違う形でブルーカードが使われ続けてしまうのです。
そして、「昨日も一昨日も言ったよね。何回言ったらわかるの。馬鹿じゃないの」というような(なし)なじるも使われてしまうこともあると思います。
これを使われた側は、かなり気分が落ち込みます。また、テレビを見る前に宿題ができた日があったときに、「今日はテレビの前に宿題できたの。すごいね。」とほめた後、「いつもこうだと良いのに」と(い)嫌みを言ってしまうことがあるかもしれません。
子どもからすると、ほめられてるのに全然ほめられていると感じられず、むしろ関係の悪化につながってしまいます。
ブルーカードは使い続けてしまうと、子どもを責めることが止めにくくなります。意識しながら少しずつブルーカードを控えていくことが大切です。
暴力的ではない、非暴力的なコミュニケーションとはどういったものでしょうか。
オレンジカード「ほ」「ま」「れ」「か」「が」「や」「き」「を(お)」が実現できる環境を整えて、子どもを尊重し、子どもとの関係を大切にした行動・言葉です。
ブルーカードで示される言葉や行動を使い続けていると、子どもとの良い関係を築けません。非暴力的なコミュニケーションには、ブルーカードを使う代わりに、オレンジカードで示される「ほ」「ま」「れ」「か」「が(か)」「や」「き」「を(お)」の行動や言葉が必要になります。
子どもがしてほしくないことをしていると、人はついブルーカードの行動を取ってしまいます。そのような自分に気がついたら、まずは自分が(を「お」)落ち着くこと。そして、相手が落ち着くのを(ま)待つこと。ここではコミュニケーションの相手である、子どもが落ち着くまで待つことも大切です。
そして、(が「か」)環境づくりに入ります。ここでは「いつも、近づいて、穏やかに、静かに」(イチオシ環境)を意識していきます。
これは先ほどの落ち着くカード、待つカードにもつながり、これら3つのカードは連携しています。それを一つ一つ意識することで、次のオレンジカードを出す環境が整えられます。
例えば、宿題をせずにテレビを見ている場合、「テレビちょっと消してくれる?」と聞き、環境が整ったかどうかを確認します。
子どもがテレビを消せるようであれば、イチオシ環境ができているので話をすることができます。このような状況になったら、「テレビ見たいよね。」と、(き)気持ちに理解を示す。そして(か)代わりにすることを明確化して提示して、「気持ちはわかるけど、帰ってきたらまずは宿題をしようか」、とシンプルに伝えます。
それを子どもと(や)約束します。「これはわかる?」、「うん、わかった」と約束が成立したら、それを(れ)練習して確認します。「はい、じゃあ学校から帰ってきたらまず何をする?」と確認してみる。わかっていなければもう1回、「帰ってきたら、宿題をしてほしいんだ」と伝えます。
子どもが「ああ、宿題だね」と言えば、「そうそう、わかってくれてありがとう」と(ほ)ほめていく。「わかってくれたので宿題が終わったらテレビを見ていいよ」と言葉を足していくことができます。これらがオレンジカードを使ったコミュニケーションの例になります。
オレンジカードで示している言葉や行動を使うためには、落ち着いて、待って、環境を整えることが重要です。そうすると次につながるセリフも言いやすくなります。
日常にオレンジカードで示される言葉や行動を取り入れやすくするためにできることはありますか。
落ち着いているときに、子どもとの対話の練習をし、自分の中でコミュニケーションのパターンとして落とし込むことです。
オレンジカードは自分のコミュニケーションのパターンとして落とし込む練習をしておくと、使いやすくなります。練習のために「してほしいことをしないとき」、「落ち着いているとき」、「してほしいことをしたとき」という3つの場面を具体的に想定し、それぞれの場面でどのようにオレンジカードを使えるか書き出しみましょう。
3つの場面で一番大変なのが、「してほしいことをしないとき」です。
オレンジカードを用いて、今目の前で起きている子どもの行動を、変える、切り替えるという場面です。この場面に直面したとき、オレンジカードを使ってどのようなコミュニケーションが行えるか考えてみてください。
「落ち着いているとき」のコミュニケーションについて考えることも大切です。なぜなら、人は問題が起きていると、本来言わなくても良いことを言ってしまったりするからです。
落ち着いているときに、「ちょっと今話しても良いかな」、「さっきこうだったよね。次に同じようなときにはこうするんだよ」と代わりにする行動を明確化して伝える。落ち着いているときにそれらを確認して、約束をし、次に約束が守られたときに「ちゃんとできたね」と言葉で表現をしてほめていきます。
「してほしいことをしたとき」に、つまり、約束したことが守られたときには、必ずほめましょう。ほめ方としては、「えらいね」、「すごいね」、「かっこ良いね」、「さすが」といった表現だけではなく、「おはようって言えたね」、「テレビを見る前に宿題してるね」など、約束した行動を具体的に表現するように心がけましょう。
「(ほ)ほめる」カードを2回使い、「(か)代わりにする行動を明確化して提示する」カードをはさみ込むという方法もあります。
例えば、「えらいね。今日は宿題やってるね。それで良いよ。」といった方法です。こうしたコミュニケーションは、「これで良いんだな」という子どもの自己肯定感、自己効力感につながり、ポジティブな行動が増えていくのです。
もし、約束したのにほめられなければ、子どもはまた元の行動、つまり子どもがしたいことをするという行動に戻ってしまいます。だから約束したことができたらほめる、ほめられるとその行動を繰り返すという行動の原理原則を続けていくことが大切です。
親子のコミュニケーションで一番大事にした方が良いことはなんでしょうか。
代わりに行ってほしい行動を明確化して提示することです。
一番大事なのは、代わりに行ってほしい行動を明確化して提示することです。今ここで、してほしくないことについて、「何やってんの、ダメでしょう」と注意するのは簡単です。
人はDon’t(ドント:してほしくないこと)は言いやすい一方、Do(ドゥー:してほしいこと)は言いにくいものです。
子どもにしてほしいことはたくさんあると思いますが、その中でも、今、その場でしてほしいことをどう伝えていくのか、ということを考えてみてください。難しくなく理屈っぽくなく、シンプルな言葉や行動で表現する必要があります。
すぐには表現できない人もいると思いますが、日常のコミュニケーションは、オレンジカードを用いたコミュニケーションを練習する場となります。練習を繰り返す中で、今目の前にいる子どもにはこの言い方は難しいとか、この子にはこの言い方が伝わりやすい、などが見えてきます。親として子どもに伝わっているか、どのような言い方だったら伝わるかなどを繰り返し確認することが、子どもとのやり取りの基本になると考えます。
オレンジカードを用いたコミュニケーションを取ろうとしても、ブルーカードに戻ってしまうという場合、どのようなことができるでしょうか。
自分一人で完璧にしようとするのではなく、周りに共有して声をかけ合うことです。
オレンジカードを使うことを心がけても、しばらくするとブルーカードを用いたコミュニケーションに戻ってしまうことがあります。問題に直面したときは、やはりブルーカードに戻ってしまうこともあると思います。そうしたときは周りからの声かけ、リマインドがあるとオレンジカードを維持しやすくなります。
そのためには、オレンジカードを多くの人との共通言語にして、お互いに声をかけあっていくことが大事です。
例えば、子どもとも共有しておいて、「お母さん、最近ちょっとブルーカード多いよ」と親と子どもが対等に話せる関係性にしておく。そう言われれば、親も「そうかもしれない」とオレンジカードを思い出せるようになります。
自分が完璧にならなくても、家族や子どもとの共通言語になっていれば、お互いへの声がけで、バランスを取ることができます。
子どもを取り巻く周りの関係者、例えばおじいちゃん・おばあちゃん、それ以外の周りのコミュニティとしてママ友やパパ友、あとは学校などとも共有していけるようになると、だいぶオレンジカードが使いやすくなります。実践している方からは、コミュニティの中に「機中八策」の考えが広がっていると、お互いに声をかけ合いやすいという意見もあります。そうした形で非暴力のコミュニケーションの実現につながっていくと思います。
非暴力のコミュニケーションはどのような子どもの権利を保障していくと思いますか。
子どもが安心・安全な環境で成長できる権利を保証します。
ブルーカードの「ひどいおとぎばなし」を使うことは、それ自体が子どもの権利侵害につながる可能性があります。子どもが怖い思いや辛い思いをしたり、嫌な気持ちを抱いてしまうのであれば、そこには不適切な養育があり、子どもに対してなんらかの権利侵害がある可能性があります。
多くの人がオレンジカードを身につければ、子どもがつらい思い、嫌な思い、怖い思いをしなくても済むようになります。一方で決められた約束を守ることなど、子どもの行動を社会で自立ができるようサポートしていくことは、大人の責任です。
そのときにブルーカードではなく、オレンジカードを通したコミュニケーションを心がけることが、権利侵害を防ぐことにつながると思います。そうすることで、子ども自身もブルーカードを使わない習慣が少しずつ生まれ、文化として定着していきます。
人は衣食住が足りないと生命が維持できません。衣食住が足りて、そして「そのままで良いんだよ」といった無条件に受容される環境で初めて気持ちが安心できて、安心・安全が確立します。家庭のような小さなコミュニティで、「それで良いんだよ」、「大好きだよ」と受け入れてもらえないと、人は生きづらくなってしまいます。
オレンジカードで示される言葉や行動は、子どもたちがありのままでも否定されずに、気持ちを理解されながら学んでいけるよう、シンプルにつくっています。そうした安心・安全な環境をベースとして、社会というより大きなコミュニティで、たくさんの人とつながり、社会におけるさまざまな形のコミュニケーションを受け入れられるようになっていきます。
そうした非暴力のコミュニケーションの基本は、子どもが安心・安全に守られながら成長する権利を確実に保障していくことであると思っています。
渡邉 直 (わたなべ ただし)
- 現職:
- 千葉県中央児童相談所所長
- プロフィール:
- 1988年、千葉県庁に心理職として入庁。臨床心理士。公認心理師。長年の現場経験の中から「非暴力コミュニケーション・パッケージ“機中八策Ⓡ”」をまとめる。主な著書(共著)として、「子ども虐待対応におけるサインズ・オブ・セーフティ・アプローチ実践ガイド」(明石書店,2017)など多数。
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