「アフガンに生きる子どもたち」 第三回
就学前教育をアフガンに (下)
おもちゃの楽器がお気に入り。遊びを通じて同じ村に住む友だちができたり、情緒や感性が豊かになる。
クオリティの高い教育は、ひとの自尊感情を育む。紛争影響国アフガニスタンに生きる子どもたちに最も必要とされるものだ。読み書きといった基礎教育のみならず、就学前の幼児教育もまた、子どもの人間性と潜在能力を育む過程において非常に重要な役割を果たす。
しかし、アフガンでは教育省が就学前教育の重要性を認識し始めているものの、都市部の極限られた地域を除き、幼児期を迎える子どもたちが就学前教育を享受できる機会は稀だ。アクセスの困難な農村地域や山岳地域ではほぼ皆無といえる。
脆弱な教育政策や経済的貧困、紛争の影響、文化的慣習などが複雑に絡み合い、その結果、アフガンでは学齢期の子どもの半数以上が不就学といわれる。小学校就学年齢で学校に通っていない子どもの数は、180万人以上を数える(i)。平均識字率も34%、女性に限っていえば僅か18%と低迷し、八割以上の女性が基礎的な読み書きができない。さらに深刻な問題は、小学校に入学ができても、学習レディネスが乏しく、集団での学習環境に不慣れなせいで結局ドロップアウトしてしまう子どもが多いことだ。小学校に通う生徒のうち、女子の74%・男子の56%は、小学五年生に達する前に学校をドロップアウトしてしまう(ii)。
就学前の教育や遊びは、幼児の将来的な小学校就学率や定着率を向上させる効果がある。そして何より、その子どもの自尊感情や他者への思いやり、共生や平和を重んじる人間性と潜在能力を育むための大きな役割を果たし得る。
セーブ・ザ・チルドレンの就学前教室の現場を支えるのは、幼児教育ボランティアとしてクラスを運営する村の女性たちだ。中には、十代の学生も多い。彼女たちは、幼児教育研修やポジティブ・ディシプリン(暴力・体罰に頼らない子育て)研修を受け、子どもと接するうえでの正しい知識を持っている。何より、村人たちから認められ、子どもに寄り添うことのできる女性たちだ。彼女たちのボランティア精神こそが、持続的な草の根支援を下支えしている。
14歳のナウルーズは地元の学校に通う9年生(中学3年生)。ファリアブ州のダレイシャ村で幼児教育ボランティアとして、就学前教室の先生を務める。
「こうして年下の子どもたちの面倒を見るのは好きだし楽しいわ。自分の村の役に立っているから、幼児教育ボランティアを続けていきたい。元気な子たちが多いから、教室を静かにさせるのがとっても大変なの」
ナウルーズのクラスでは、室内でも屋外でも、子どもたちの表情には笑顔が絶えない。将来の夢を尋ねると、ナウルーズは落ち着いた声で答えた。
「私たちの村に必要な医者になりたい」
子どもたちと一緒にハンカチ落としに似たゲームをする幼児教育ボランティアのナウルーズ
ファトナ(16歳)は地元の学校に通う8年生(中学二2年生)。彼女もダレイシャ村の幼児教育ボランティアとして、村の子どもたちから慕われている。内戦で父親を亡くしたファトナは、病気がちな母親と姉、病を抱える弟の面倒を見ながら暮らしている。炊事、洗濯、家事の全てを担い、織物をして生計を立てている。進級は遅れているが、学校へも必死に通う。暮らしが厳しくても、彼女のその表情からは決して媚びない強さ、家族とともに生きていく内なる自信がしっかりと読み取れた。
「ボランティアとして村の子どもたちの面倒を見るのを手伝って、村の役に立ちたいと思っているの。幼い子たちと接することで、将来の自分の子育てにも役立つと思う。子どもたちと一緒に過ごす時間は楽しいわ。中には、放し飼いにされた犬が恐くて、教室まで来ない子もいるの。そうした子たちも含めて皆が毎週教室に来るようにすることが大変。村の子どもたちが将来立派に育ってくれると嬉しい」
村の子どもたちから信頼され慕われる幼児教育ボランティアのファトナ。その優しい表情にはアフガンに生きるたくましさも見え隠れする
園田 『解放教育』(明治図書)2010年6月号より
i Save the Children, 2009, State of the World's Mothers 2009, Investing in the Early Years, p19
ii HRRAC, 2004, Report Card: Progress on Compulsory Education; Grade 1-9, p 4