「アフガンに生きる子どもたち」第十一回
自尊感情をはぐくむ
黒板を見つめるまなざしは真剣そのもの
読み書きができる母親の子どもは、そうでない子どもよりも、5歳以上生存する確率が上がり、教育を受ける割合や将来の収入も上回るといわれているi。
さらに、読み書きは人間の感情を豊かにし、自尊感情をはぐくむプロセスでもある。子どもの自尊感情をはぐくむことこそ、日本の社会においても、また紛争影響下のアフガニスタンにおいても、教育機会が果たすことのできる重要な役割だと思う。
まさに基礎教育の保障は、人権であり、社会開発や経済発展の基盤である。
日本の成人識字学級は、部落解放運動によって発展してきた歴史を持つ。その中で、読み書きと人間の感情の形成とのつながりを示す興味深い資料がある。高知市の識字学級に通ったある女性は「夕やけがうつくしい」と題した手紙にこんな一節を記している。
「夕やけを見てもあまりうつくしいと思はなかったけれどじをおぼえてほんとうにうつくしいと思うようになりました」ii
大阪の識字学級に通った別の女性は、日記「わたしのおかねなのに」の中で、駅前の銀行で自分の名前をきちんと書けなかったせいで、お金を引き出せなかった体験をこう綴る。
「じを なんにも しらなかった ときは、『ああ、そんな もんか』と、あきらめて いましたが、しきじで すこし ひらがなだけでも よみかきが できるようになった いまは、くやしくて くやしくて なりません」iii
読み書きは、人間の機能的能力だけではなく、感受性や自然界への認識力を高め、喜怒哀楽といった人間の感情をも研ぎ澄ませる。
アフガニスタンの教育復興の現場でも、読み書きを通じて、学習意欲や健全な自尊感情をさらに深めている子どもたちがいる。
山岳農村地バーミヤン州の識字教室に通った13歳の少年は、読み書きが出来なかった恥じらいや悔しさをバネに、ダリ語(母語)のアルファベットを懸命に学んだ。「今まで自分の名前をきちんと書けなかった。だから1カ月後には完璧に書けるようになりたいんだ」と力強い。
少女タヘラ(11歳)は、9か月間の識字教室を終えて、こう振り返った。「村の識字教室でたくさんのことを学んだ。ダリ語の授業では、周りの人たちを思いやる大切さ、健康を気遣う大切さも学んだ。授業が終わってしまうのがとても残念......」
これまで読み書きを学ぶ機会を持てなかった27歳の女性は、はにかみながら、ある出来事を話してくれた。「親戚から手紙を受け取った。難しい字もあって全部はわからなかったけど、習った文字がいくつか読めた。その瞬間、とっても嬉しかった。私にもできる、もっと読みたいって思った。今まで読めずに置いたままにしてある手紙を探して読んでみようと思う」
識字教室で読み書きを学ぶ女の子たち
読み書きができるようになったことで、自尊感情が生まれ、普段の生活に小さな変化が生まれた女性もいる。19歳のレイホナは「以前と比べて、自分に自信がついた。今では、近所の女性に自分から挨拶をするようになったわ」と笑顔で教えてくれた。
子育てをしながら識字教室に通ったある母親は、読み書きができるようになってから、自分の子どもに優しく接するようになったとも話す。
長期にわたる戦乱と貧困を生き抜くアフガニスタンの人びと。紛争で家族を失ったアフガニスタンの子どもたち。教育復興支援が果たすべき役割は、子どもたちが自分の存在を肯定できるような自尊感情を取り戻し、もともと内に秘めた彼らの能力を最大限に高めていくことだ。
目を輝かせ、懸命に読み書きを学ぶ子どもの姿を見るたびに、そう想う。
i. 1GOAL Education for All website: http://www.join1goal.org/
ii. 北代色『手紙―夕やけがうつくしい』にんげん中学生版
iii. 吉田一子『なまえをかいた』1999年 P.89
園田『解放教育』(明治図書)2011年2月号より