ボスニア・ヘルツェゴビナ(公開日:2019.12.15)
ボスニア・ヘルツェゴビナ 冬を迎えるバルカン半島 大人を伴わず避難・移動する大勢の子どもたち
バルカン半島を経由してヨーロッパへ、大人を伴わず子どもだけで移動している数百人の難民や移民の子どもたちは、経由地であるボスニア・ヘルツェゴビナのブチャック難民キャンプで、本格的な冬を迎える過酷な環境の中、足止めをされています。
ブチャック難民キャンプは、12月10日に閉鎖され、翌11日に解体されました。ここには、最大で2,000人の成人男性と、親や養育者を伴わない子どもたち60人が暮らしていました[1]。今年6月、この場所が難民キャンプになる前は、森の中にある、周囲を地雷原に囲まれた廃棄物処理場でした。大勢の人が避難生活をする難民キャンプになっても、ヨーロッパへ移動する子どもたちに、十分なシェルターや、安全な水、衣服などが提供されることはありませんでした。
セーブ・ザ・チルドレンが、2019年に同国で支援した、大人の付き添いがなく子どもだけで移動している移民や難民の子どもたちはおよそ2,000人にのぼりますが、この数週間をみても子どもたちの移動が止むことはありません。
アザールさん(14歳)は、18ヶ月前にアフガニスタンを離れヨーロッパ向かう途中、ブチャック難民キャンプで避難生活を送っていました。
「山々を越えるとき、オオカミがいて、とても怖かったです。3、4人のグループで移動しましたが、オオカミのほかに、警察も怖かったです。フランスに行きたいので、ヨーロッパに連れて行ってくれる人が必要です。」
今年6月から11月に、セーブ・ザ・チルドレンと同国の社会福祉サービスを担当する部署は、およそ250人の子どもたちをブチャック難民キャンプから他の安全な地域に移動させました。移動した先のひとつでは、大人を伴わずに単身で移動している子どもたちに対し、専門的なケアを提供しています。さらに、12月10日には、15人の子どもたちを、ブチャック難民キャンプが閉鎖される前に移動させました。
現場で支援活動にあたるセーブ・ザ・チルドレンのスタッフからの報告では、家族や親族ではない独身男性と一緒に移動している子どもたちもおり、そうした子どもたちはさまざまなリスクに晒されています。
アフガニスタン出身のジェイキさん(15歳)は、トルコを経由してセルビアに向かっていました。
「(アフガニスタンは)15歳、16歳の男子にとって厳しい環境にありました。タリバンが来て兵士になれと言ってきました。断ったら殺されました。イランを経由してトルコとの国境にたどり着いたとき、イランとアフガニスタン出身の人がそれぞれ死亡しました。(ボスニア・ヘルツェゴビナに到着した後)友人ができ、電車で移動していましたが、ここから50km離れた地点で電車から投げ降ろされました。そばにいた人がGPS機能を使ってこのキャンプの場所を教えてくれ、徒歩で1日かけてたどり着きました。」
セーブ・ザ・チルドレンのボスニア・ヘルツェゴビナ事務所代表アンドレア・ゼラブチッチは、次の通り訴えます。
「ブチャック難民キャンプは閉鎖され、そこで避難生活を送っていた子どもたちは、現在は安全な場所にいますが、さまざまなリスクにさらされています。政府と欧州連合(EU)は、行動を起こし、難民と移民の人々、特に子どもたちと脆弱な状態にある人たちへ適切なシェルターの提供などの相応しい解決策を模索しなければなりません[2]。
大人を伴わず移動している子どもたちは、専門的なケアと保護が必要です。EUは、この問題から目をそらすことはできず、子どもたちが保護され、また、第三国定住や、家族との再会、庇護制度などの法的手段が利用できるようにする必要があります。また、国境警備員は、子どもを押し戻すのではなく、子どもを保護するようトレーニングをうける必要があります。」
ボスニア・ヘルツェゴビナ北部では、多くの人々が国境を越えてクロアチアへ入国を試みていますが、クロアチア当局がボスニア・ヘルツェゴビナ側へ人々を押し戻す事態が起こっており、難民や移民の子どもたちや大人自身、人道支援団体からの報告によると、その最中に多くの事故が起こっています。多くの子どもたちは、国境を渡らないように押し戻される際に、不当な扱いや暴力を受けたり、窃盗や強奪、脅迫、身体的虐待などの暴力を目撃したりしています。
[1] Numbers are estimates shared by aid organisations and the police. They would fluctuate daily, as refugees and migrants tried to leave the camp and cross the border into Croatia.
[2] According to estimated by Save the Children and other aid agencies on the ground.
ブチャック難民キャンプは、12月10日に閉鎖され、翌11日に解体されました。ここには、最大で2,000人の成人男性と、親や養育者を伴わない子どもたち60人が暮らしていました[1]。今年6月、この場所が難民キャンプになる前は、森の中にある、周囲を地雷原に囲まれた廃棄物処理場でした。大勢の人が避難生活をする難民キャンプになっても、ヨーロッパへ移動する子どもたちに、十分なシェルターや、安全な水、衣服などが提供されることはありませんでした。
セーブ・ザ・チルドレンが、2019年に同国で支援した、大人の付き添いがなく子どもだけで移動している移民や難民の子どもたちはおよそ2,000人にのぼりますが、この数週間をみても子どもたちの移動が止むことはありません。
アザールさん(14歳)は、18ヶ月前にアフガニスタンを離れヨーロッパ向かう途中、ブチャック難民キャンプで避難生活を送っていました。
「山々を越えるとき、オオカミがいて、とても怖かったです。3、4人のグループで移動しましたが、オオカミのほかに、警察も怖かったです。フランスに行きたいので、ヨーロッパに連れて行ってくれる人が必要です。」
今年6月から11月に、セーブ・ザ・チルドレンと同国の社会福祉サービスを担当する部署は、およそ250人の子どもたちをブチャック難民キャンプから他の安全な地域に移動させました。移動した先のひとつでは、大人を伴わずに単身で移動している子どもたちに対し、専門的なケアを提供しています。さらに、12月10日には、15人の子どもたちを、ブチャック難民キャンプが閉鎖される前に移動させました。
現場で支援活動にあたるセーブ・ザ・チルドレンのスタッフからの報告では、家族や親族ではない独身男性と一緒に移動している子どもたちもおり、そうした子どもたちはさまざまなリスクに晒されています。
アフガニスタン出身のジェイキさん(15歳)は、トルコを経由してセルビアに向かっていました。
「(アフガニスタンは)15歳、16歳の男子にとって厳しい環境にありました。タリバンが来て兵士になれと言ってきました。断ったら殺されました。イランを経由してトルコとの国境にたどり着いたとき、イランとアフガニスタン出身の人がそれぞれ死亡しました。(ボスニア・ヘルツェゴビナに到着した後)友人ができ、電車で移動していましたが、ここから50km離れた地点で電車から投げ降ろされました。そばにいた人がGPS機能を使ってこのキャンプの場所を教えてくれ、徒歩で1日かけてたどり着きました。」
セーブ・ザ・チルドレンのボスニア・ヘルツェゴビナ事務所代表アンドレア・ゼラブチッチは、次の通り訴えます。
「ブチャック難民キャンプは閉鎖され、そこで避難生活を送っていた子どもたちは、現在は安全な場所にいますが、さまざまなリスクにさらされています。政府と欧州連合(EU)は、行動を起こし、難民と移民の人々、特に子どもたちと脆弱な状態にある人たちへ適切なシェルターの提供などの相応しい解決策を模索しなければなりません[2]。
大人を伴わず移動している子どもたちは、専門的なケアと保護が必要です。EUは、この問題から目をそらすことはできず、子どもたちが保護され、また、第三国定住や、家族との再会、庇護制度などの法的手段が利用できるようにする必要があります。また、国境警備員は、子どもを押し戻すのではなく、子どもを保護するようトレーニングをうける必要があります。」
ボスニア・ヘルツェゴビナ北部では、多くの人々が国境を越えてクロアチアへ入国を試みていますが、クロアチア当局がボスニア・ヘルツェゴビナ側へ人々を押し戻す事態が起こっており、難民や移民の子どもたちや大人自身、人道支援団体からの報告によると、その最中に多くの事故が起こっています。多くの子どもたちは、国境を渡らないように押し戻される際に、不当な扱いや暴力を受けたり、窃盗や強奪、脅迫、身体的虐待などの暴力を目撃したりしています。
[1] Numbers are estimates shared by aid organisations and the police. They would fluctuate daily, as refugees and migrants tried to leave the camp and cross the border into Croatia.
[2] According to estimated by Save the Children and other aid agencies on the ground.